月の巡りと共に-「那須贅沢時間」12巡り目 「那須珈琲 Cafe La Detente 渡辺陽一さん」
新たな目標設定やチャレンジの始まりに適している、新月の日。そんなエネルギーが満ちてくる時に、那須の自然におしえられながら満月化粧水「月子」を誕生させた(株)サクネス代表の澤野典子が那須周辺で素敵な生き方を紡いでいる方をご紹介。あなたの中の新たなスイッチが見つかるかもしれません。
アンティークと珈琲が紡ぐ 寛ぎの物語
那須町の中心地、黒田原地区は明治時代の駅開業を機に人々が集まり、炭や薪、木材の集積地として栄えました。人々が集まり、大変賑わったそうです。現在は、昭和初期に建てられた駅舎をシンボルに古い建物が佇む、静かな町並みが広がっています。
駅から日本的情緒に浸りながら歩いていると、北欧の柔らかな風が。ヨーロッパのノスタルジックな雰囲気が漂う「那須珈琲 Cafe La Detente」が現れます。
扉を開けると、柔らかなあかりを灯すシャンデリア。古民家をリノベーションしたという店内にはヨーロッパ製のチャーチチェアや脚の部分まで細かな細工が施されたイス、テーブル、隆線の美しいチェスト、雑貨などが佇み、迎えてくれます。
2階は昭和時代の応接間や居室の中にソファや籠、雑貨、丁寧に着られた痕跡の残る洋服などの西洋アンティークと、昭和レトロな扇風機や駄菓子屋のショーケースなどが溶け込み合い、温かい空間を創り出しています。
そして、自家焙煎珈琲の香りも静かに協奏―。
「Detente(ディトンツ:フランス語で寛ぎ)」の世界に誘います。
オーナーの渡辺陽一さんはお互いの子どもが中学生の時の同級生で仲が良く、20年近くのお付き合いになります。知り合った頃は大手タイヤメーカーの海外事業部に勤め、ヨーロッパ各国や東南アジアなど海外を飛び回っていました。赴任先で毎週末のようにボロ市や骨董品店、カフェを巡り、アンティークへの興味を深めていったそうです。少年時代は壊れた物を修理することが好きだったという渡辺さん。幼少期の物を大切に想う心が、海外のアンティーク文化に触れたことでさらに育まれたのかもしれません。
約10年前。「イタリアで出合ったカフェのようにアンティークと寛ぎが共存した空間を創りたい」と48歳で早期退職。地元での開業を目指していたところ、元精肉店だった今の建物が見つかり、「Detente」をオープンしました。
天井や梁を加工したり、漆喰を塗ったりするなど、ほぼ自身でリノベーション。キッチンのタイルや2階の壁紙などそのまま活用した箇所と絶妙なバランスで融合させています。お肉を保管していた冷蔵庫の扉さえも不思議な雰囲気を漂わせています。
イタリアのサルデーニャ島のカリアリで毎週末開催されるボロ市で入手した、手づくりの木製の船と鉄製のアイロン(中に石炭を入れるタイプ)を皮切りに、何十年も掛けて収集した西洋や日本のアンティーク家具や雑貨、洋服なども勢ぞろい。出身も経歴も異なりますが、一つの映画作品の共演者のように互いに独自の風合いを生かし合っています。
私:ヨーロッパのものなのだけれど、日本のものとも調和しているのは渡辺さんの感性よね。いかにもアンティークを入れました、カフェにしましたっていう、取って付けた感がない。すごくナチュラルで、つい長居しちゃうのよね。他のお客様も、滞在時間が長いですよね。
渡辺さん(以下、渡):そうですね。そういう空間にしたかったのでうれしいです。
私:アンティークだから落ち着く空間を創れるということもあるのかしら。質感とか。
渡:あると思います。新しくピカピカしているものは何となく落ち着かない。それに、昔のものは何でも手間が掛かっている。今のものはただの四角い箱みたいに見えてしまって。
私:昔のものは修理する甲斐もありますよね。修理した跡がまた味わいになる。今は、「買ったら結構すぐ捨てて新しいものを」ってなっているけれど。元の造り、個性がしっかりしていれば、使い手によっては劣化ではく、趣に成長していきますよね。
渡:そうですね。そこに飾ってある洋服が70年前、このミルも50年くらい前のものです。
私:洋服もきちんとした、質の良い生地や仕立てのものだと残るのよね。今はファストファッションが主流になっているけれど、着物はリメークを繰り返して着続けられた。安く買ったものでも大切に着れば良いのだけれど、無意識に扱いが粗末になってしまう。使う人の心構え次第なのよね。
家具こそ昔は代々使うものでしたものね。デザインも普遍性があって美しい。このストーブもきれい。フォルムが完成されていますよね。それに、優しい暖かさ。
渡:「ニッセン」という日本のメーカーです。蚤の市で出合いました。かなり古くて、すぐススがついて黒くなるけれど、暖かいんですよ。ススもすぐ拭けば気になりません。本当に形がいいですよね。
私:人も年を重ねるごとに、劣化するのではなくて味わいを増していけたら良いですよね。
こちらにいると「見つめる」という視点、感覚になれる。見つめていると自然と安らいでいて、しみじみ「ああ、寛ぎが必要だったんだ」と感じるのよね。
アンティーク家具や雑貨の軌跡などを想像していると、香ばしい珈琲の香り。北欧の絵本から抜け出したような装いの渡辺さんの妻、美和子さんが淹れてくれた珈琲でホッと一息。さらに想像が広がります。
併設する「那須珈琲焙煎所」ではスペシャリティの珈琲生豆のみを扱い、ハンドピックで時間を掛けて選別、焙煎しています。オリジナルブレンドが豊富で「欧舎ディトンツ」「妖艶kyubi(キュウビ)」「濃厚馬駒 黒」など、ネーミングにも物語がいっぱい。「那須ロイヤルブレンド」という、那須御用邸にご静養にいらっしゃった上皇ご夫妻に提供されたブレンドもあります。
私:焙煎で一番気を使うことは。
渡:焼き上がりのタイミングです。ほんの1秒で味が変わってしまうので目が離せない。豆によって、同じ種類の豆でも採れた場所、時季でも違うし、その日の湿度、温度で全く変わってしまいます。
私:豆の個性、状態を見極めて、対話をしているのね。
渡:そうですね。それに、豆の水分量で大きく変わるので機械では見極められない。感覚が大切です。
私:職人ですね。愛情がなければできない。愛情豊かなのね。
渡辺さんは少し照れたように、ほほ笑みます。
珈琲の他、スパイスを焙煎した「黒カレー」や新鮮な地養卵を使った太陽のような色のオムライス、北海道産のそば粉を使ったガレットなどもお薦めです。地元はもちろん、遠方からも多くの人々が、渡辺さんと美和子さんが創る「寛ぎ」の空間と素材が生かされた愛情あふれる珈琲、料理を求めて訪れています。
2020年からはワーゲンバスが加わり、移動販売も始まりました。1966年製造の希少なワーゲンを「Detente」スタイルに見事に改装。次男の実聖(みさと)君が県内だけではなく、葉山、銀座など県外各地に「Detente」の世界を届けています。実聖君の親しみやすい雰囲気も相まって、ワーゲンでカフェの存在を知って那須に来る方も少なくありません。
ちなみに、「実」は【実る】。「聖」は【みんなに慕われる。みんなが集まる中心】という意味があるそうですe。名前のように、実聖君らしい年を重ねていますよね。
アンティーク家具や雑貨の細かな装飾や洗練されたディテールに見入っていると時間を忘れ、癒されるのはなぜでしょうか。外国のもの、知らない年代のものなのになぜ懐かしさを感じ、魅了されるのでしょうか。
渡辺さんは、語ります。
「アンティークの魅力は古ければ良いのでは無く、一つ一つ職人さんが思いを込めて作られた物が多いところです。そして、それを大切に使った人の魂が入っている」と―。
人の想い、人の温もりは国境も、時代も超えるのかもしれません。
世界各国で物語を生み、渡辺さんと出会い、那須で育まれたアンティークと珈琲が紡ぐ「寛ぎ」の世界。
体感してみてはいかがでしょうか。
那須珈琲Cafe La Detente(カフェ ラ ディトンツ)
栃木県那須郡那須町寺子丙3
tel:0287-73-5272 FAX:0287-73-5272
営業時間:10:30~21:00(ランチ、カフェ10:30~19:00/ディナー予約のみ21:00まで)
冬季営業時間:10:30~20:30 定休日:月曜日、火曜日